会社概要 › 和田裕史の経歴
5回、
売る側にいました。
岐阜市の加納で育ち、銀行、ラジオ、不動産、保険、住宅と、5つの会社で営業をしてきました。続かなかった、と言われればその通りです。ただ、5回とも売る側の机に座っていたおかげで、買う側から何が見えないのかは、少しだけ分かるようになりました。

5つの机。
- 1
十六銀行営業・渉外
お金を貸す側
岐阜の商店と会社を、自転車と営業車で回りました。住宅ローンも事業資金も、貸すかどうかを決めるのは銀行で、お客さんは書類をそろえて待つ側。僕は待たせる側にいました。
- 2
中部日本放送(CBCラジオ)ラジオ広告の営業
声で売る枠を売る側
店や会社に、ラジオの広告枠を売りました。20秒でその店の何を言うか。言葉を削って、削って、最後に残る一行を探す仕事。いまサイトの一枚目の見出しを書くときの手は、ここで覚えました。
- 3
不動産ベンチャー1棟収益不動産の営業/経営企画部長
一番大きな金額を売る側
一棟まるごとのアパートやマンションを、投資として売りました。のちに経営企画の部長も。数字は大きく、会社は勢いがあり、そして会社はもうありません。勢いだけでは続かないことを、中から見ました。
- 4
プルデンシャル生命生命保険の営業
不安から入る側
「万が一」から話を始めて、保障を組み立てる仕事です。家族の数字を一緒に書く時間は好きでした。ただ、売る側の順番と、家族の側の順番が違うことにも、ここで気づきました。
- 5
住友不動産注文住宅の営業
夢を形にする側
家を建てたい家族と、図面を前に何か月も話しました。契約の前に、完成した家は見せられない。だから模型と言葉で信じてもらうしかない。一番もどかしかったのが、ここです。
5回とも、同じことがもどかしかった。
銀行でも、保険でも、住宅でも、お客さんは契約する前に、本物を見られません。書類と、見積もりと、模型と、営業の言葉だけで決めてもらう。売る側にいると、それが当たり前になります。
ホームページの制作も同じでした。見積もりを出して、ヒアリングをして、何か月も打ち合わせて、できあがって初めて「思っていたのと違う」が起きる。店主のせいではなく、順番のせいです。
だから、順番を逆にしました。頼まれる前に、その店のサイトを先に作って、お見せする。気に入らなければ捨ててもらう。5つの会社で、ずっとやりたかったことです。
いま、やっていること。

一般社団法人脳育ギフトアカデミーの理事として、店と会社のホームページ制作とシステム開発を、最初から最後まで一人で担当しています。嘉門、タカネコヤ、松露堂、日本ばし さく間、RIVIERA、エヌテック。どれも、公開したあとに数字が動いた店です。
銀行と住宅と保険の経験は、住まいの相談と大人のための学び場で使っています。ラジオの経験は、いま逆の側で使っています。広告の枠を売っていたCBCラジオで、今度は番組を提供する側として、脳育のCMを流しています。
代表理事の和田智佳子が教室で子どもの脳を育て、僕は、その家族の店と住まいとお金の側に座る。「教育を入口に、家族まるごと」は、そういう分担です。
